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2012年04月18日

百済の大いなる壺

韓国公式71021 [益山(イクサン)の再発見]ペ・ヨンジュンの足を立ち止らせた'大型壷' [1]秋女7:45:22 42

[益山(イクサン)の再発見]ペ・ヨンジュンの足を立ち止らせた'大型壷'益山(イクサン)市民ニュース記事登録:2012-04-17午後10:21:55

http://databank.yesitour.com/NewsDataRoom/News/Local/iksan2/News/thumb_500_NS_201241722194.jpg


“百済の人々は本当に豊かだったようだ!”

俳優ペ・ヨンジュン氏が王宮里(ワングンニ)遺跡展示館のある遺物をしばらく言葉なしに眺めて投げた言葉だ。

弥勒寺(ミルクサ)跡石塔私利(事理)壮厳が発見された2009年、その年4月ペ・ヨンジュン氏が‘韓国の美しさを探して離れた旅行’を著述する過程中に弥勒寺(ミルクサ)跡と王宮里(ワングンニ)遺跡を直接訪問した。

当時同行した遺跡展示館イシニョ学芸研究担当によれば彼が注目した大型壷は展示遺物中最も大きくて他の遺物に比べて簡単に目に映るが誰も注視しない。
だが、ペ・ヨンジュン氏が大型壷の中に何が入っていたのか知っていると話していて非常に驚いたといった。

大型壷は2003から2004年まで王宮里(ワングンニ)遺跡の西北便攻防紙周辺と王宮以後に入った査察遺跡の僧房建物と推定される所で土地に埋められた状態で出土した。

大型壷の高さは80〜105cmでありこの大型壷の中では用途が分かる跡は発見されなかった。
ただし、この大型壷と似た土器が1982年弥勒寺(ミルクサ)跡発掘調査過程で動員僧房紙の中間付近で5個が土地に埋められた状態で調査された。

この土器の中には水と共に土がいっぱい入っていたが、麦と豆が共に収拾がついて大型壷が養殖用保存容器であることが確認された。

王宮里(ワングンニ)遺跡では他のどの遺跡より大型壷がたくさん出土した。
大型壷は王室の食糧や水と同じ飲み物を保管するための保存容器で、あまりにも大きいから豊かさの象徴と認識されている。

また、大型壷は底が丸いのと扁平なのがあって、本体は肩の部分で最も広くて、首で若干狭くなって外で広がった口と連結される。

壷の表面には器を作りながら土中に入っていた空気を除去して器を丈夫にさせるために‘拍子’という道具でたたく過程に作られたゴザ紋(縄蓆文)がぎっしりとつけられている。

百済土器には表面に紋がない場合を除けば大慨はゴザ紋がつけられていてゴザ紋は百済土器を象徴する紋で知られている。

オ・ミョングァン記者iscmnews@daum.net


投稿者 i-mode : 2012年04月18日 13:35